Studio HAIYAMA

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 009/ 
二つの住まい(その1)/[L}空間の機能と記号


 20世紀の初頭、「かたちは機能に従う」とのルイス・サリヴァンの卓見をヒントに、ル・コルビジェが「住宅は住むための機械」とコメントして近代住宅が誕生した。神殿でも教会でも宮殿でもなく、住宅設計が世界の建築ファッションをリードできた幸運を感謝したい。小さな住宅が世論の注目を集める−人類は確かに進歩したのである。私のキャリア、大学の設計教師にとっても、第一課題の住宅さえちゃんと(機能的に)設計できれば、その後の規模の大きい設計課題もOKだと学生に請け合えるセオリーは、確かに都合がよかった。
 しかし−である。卒業して実務についた後に仕えることになるクライアントが、すっきりした近代人で機能主義の賛同者だったか、というと大いに疑問が残る。平面図(プラン)のことを世間一般は間取りと呼ぶが、この場合はむしろ非機能的なプランを指しているように思える。クライアントは機能主義を棚上げして何を求めているのか。
 コルビジェ・母の家(1924)
「住む機械」の実証版。へやの羅列に代わって、住機能の有機的な関係によって住空間を表現している。


郊外人suburbianのユメの研究
 私が住宅設計の勉強を始めた頃、想定されるクライアントは自分の父親の世代、進学と就職のために故郷(田舎)を離れ、終身就職をメドに郊外住宅団地に新居を求める方々であった。メーカー住宅(当時はプレハブ住宅と呼んだ)はまだ少なく大半は注文住宅、買うのではなく建てるものだった点は買えるが、絵に描いたような和洋折衷を是とする先輩の住宅趣味が、実はよく分からなかった。しかしその頃、D.リースマンの名著「新しい郊外への逃避と探究」を読んで思い直すところがあり、郊外住宅に託したクライアントのユメの分析に取り組んだ。詳しくは拙著(後述)を読んでいただくことして、結論を要約してご紹介したい。

室名調査/分析データのサンプリング
 住宅の研究資料というと普通は平面図を考えるが、平面図は敷地条件に乱されて、住まい方を反映するとデータとしては案外資料価値が低い。では住まい方を聞くことにして、例えば「居間で何をしていますか」とを尋ねると、今度はプライバシーの侵害になる。住い手の方から住まい方を表現してもらえる方法ないか。私の研究では、まず下記のような住機能(共用室のみ、個室は想定していない)を提示して、それを「日頃どう呼ぶへやで行っていますか」と尋ねることにした。室名は機能を言い当てる手段としては客観性を欠くが、意味のプレを通じて住い手の含意を表現することができる住空間の記号である。ご協力いただいた住宅は、広島市郊外にその当時(1980)建った住宅150軒ほど、質問に抵抗がなかったらしく、回答率はすこぶる良好であった。
*室名の主観性に着目して住い手の住意識を探る研究は、昭和18年、西山卯三氏によって試みられている(「室名呼称よりみたる住空間の機能分化」)。
調査結果の集計/機能性の度合い
 集まった室名16室の中で行われていた住機能a−mの出現回数は以下の通り。RedとはRedundancy冗長度の略、情報の冗長さを示す指標であり、数値が大きいほど機能的にくどい=明快であり、小さいほどその室名の機能があいまいであることを示す。機能が最も明快な室名は洗濯場、逆にもっともあいまいな室名は居間である。冗長度を一覧すると機能的にあいまいなへやほど剰余機能の比重が高いことが明らか、やはり世間は機能主義一点張りではないようである。

共用室のクラスター分析/機能の類似性によるグルーピング
 16室名相互の相関距離(相関係数から求める)を計算し、機能的に近いものからグルーピングを繰り返すと、下のクラスター図が得られる。L、DKなどよく使われる住宅プランのコンセプトは、機能的に類似した室名群から連想されたイメージであった。以下、分析結果を少し読み解いてみたい。
 まず[DK]について。1980年代当時、DK型が日本住宅の定番とされていたが、その実相が確認された。茶の間と居間はよく混同されていたが、客を入れない茶の間は[DK]に分類される<べき>であることが分かってすっきりした。
 続いて[U]について。台所の片隅で顔を洗ったり洗濯したり服を脱いだりしていた旧態の住習慣から脱して、浴室に前室を設けるようになった。機能主義が最も成果を上げたスペースであるといえる。[B]はベッドルーム、想定外である。
 最後に[L]について。剰余的な機能、つまり非日常的な用途に重きがおかれ、伝統和室の役割が新しい郊外住宅においても引き継がれていることが分かる。ものに用途だけでなく意味づけ、価値づけを求める人の能力を記号表現と呼ぶが、機能的にあいまいな[L]室群の中に、機能主義を超越した記号表現の存在が明らかになった。


リビング空間[L]の記号論的分析
 住い手の記号表現が大きな役割を占める[L]室群のみに焦点を当て、室名に込められた含意(記号論ではコノテーションと呼ぶ)を分析する。下の図は、7室名の特徴をそれぞれのコアとなっている機能(どの家庭からも回答された機能)でマークした相関表である。居間と応接間は接客や趣味で使われるという意味で似ているが、しかし応接間では一家団欒はしないし、正月も来ない。なお、床の間とは床の間のへや、小座敷のことである。広縁、玄関、庭はへやというよりスペースである。
 数値ではない特徴のあるなしのマーク列は特徴変量と呼ばれる。特徴変量もまた数量化理論V類によって、数値変量と同じように相関軸を仮想した分類が可能である。最もよく分類できる第一相関軸(横軸)、その次に分類に使える第二相関軸(縦軸)を用いた平面の上に各室、各機能をプロットすると、以下の<[L]空間の意味平面>が求められる。
考察
 横軸は何を意味するか。
庭、玄関をその他のへやから区別する特徴変量は(美的)鑑賞である。当時のサラリーマン家庭では、玄関下駄箱の上に華を活け、庭には和洋の作庭を施して友や隣人に接した。見栄と言えばそれまでだが、<奥(プライベート)>に対する<表>の感覚の表現が大切だったのである。縦軸は何を意味するか。狭い[DK]に家族を閉じ込め、「いざ」という非日常的な機会のために座敷構えを維持した理由、これこそ伝統和風住宅の計画原理、ハレとケの識別感覚であろう。家を建てる−それはただ不動産の取得を超えた人生の重大事であった。しかしやがて、親戚づきあいも職場のつきあいも外でやるようになり、自分自身の葬式も予想に反して病院から葬祭会館へ直行して終わった。子供もマンション暮らしになじんで、不動産価値が下落した一戸建てをもてあましている。新興とは言えなくなった郊外住宅団地をどう維持再生するか−少子化社会の大きな課題である。

引用文献

 住まいに潜む記号表現の研究については、次の拙著をご覧いただければ幸いです。
お問い合わせ:studiohaiyama@gmail.com
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