Studio HAIYAMA

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 010/ 
二つの住まい(その2)/個人空間の機能と記号


 1980年代の新興住宅団地のプランタイプは、公団住宅のそれを真似て n L・DKと表記されていた。共用空間の方はLDKのどこに<・>をうつか工夫のしどころが多く、現に今日ではLD・K、あるいはLDKが主流となっているが、個人空間の方はこの当時であっても<n>、つまり数だけか゜問題となるへやの羅列でよいと、研究者の間では見極められていた。しかし本当にそうか、あるいはそれでよいのか。「引きこもり」が社会現象、社会の病根として話題になる今日では、むしろ反省課題となっている。
 しかし、1980年代当時の先輩ユーザーたちの選択は違っていた。まず、伝統的日本住宅の正統後継者である(あろうとした)先輩たちは、個人尊重を理解していても、個室と言う設計概念には否定的であった。また家族にへや(というよりスペース)の割り当てはあったとしても、家具道具、荷物の管理の面では共用が原則であった。では先輩たちは不完全な個室の設計で(カギのかかるへやは皆無、フスマのへやも多かった)どうやって「個」を確立したのか。[L]室と同様、やはり個人空間にも秘策があるのでは?


再びコルビジェ・母の家

<寝室>と<寝る場所>がしつらえられているが基本的にはワンルーム住宅、個室といえるほどの独立性は備えていない。



伝統的日本住宅の個人空間
 日本の住宅で最初に個室を確保したのは女中などの使用人だった。個室は本来、じゃまな人間に引っ込んでおいてもらうためのへやだったのである。戦後といわれていた時代の農村住宅の近代化をめぐるアンケート調査で、研究者が若いお嫁さんに「もう一室得られるとしたら何べやが欲しいか?」と質問したところ、「しゅうとめさんのへや」と答えたという笑い話がある。主人家族は家中天下御免、したがって個室を望まなかったである。
 では昔の人は個人尊重の感覚がなかったのか。白川郷合掌造りなどの大部屋の住人は、家具道具のしつらえで個人空間を演出した、との卓説を目にしたことがあるが、日本住宅は元来が吹き抜けのワンルーム、天井板、フスマ障子の障壁が現れ、へやの独立が可能になっても、家族のワンルーム志向は残ったのではないか。ワンルーム志向下での個人領域確立法について面白い結果(とりあえず自画自賛)が得られているので、以下に要約してご紹介する。

家具道具の所有関係/分析データのサンプリング
 広島市近郊外の新築住宅116戸にお願いして、家族一人ひとりが専有する家具道具の名前を記載していただいた。家族の領域(ナワバリ、テリトリー)を調べると言う難解な研究主旨をお伝えしたが、案外すらすらとお答えいただいている。回答された家具道具の総数は75種2283個であり、これらを総称品名によって下図の26領域素(領域を説明する要素の意)に統一し、一住戸ごとに集計して基礎データとした。下図は全容の要約である。Ptは両親の領域、Ftは父親、Mtは母親、Stは男子、Dtは女子、Gtは祖母(同居祖父はゼロ)、Ltはリビングルーム(共用室)である。Hj(i)は出現家具の多様さを表す指数であり、1.00に近いほど多様であることを示す。女子が最も物持ちであることがわかる。*印は[L]室のみに出現した家具道具を示す。

個人空間のクラスター分析
 領域素(家具)は、へやのしつらえの目的に沿って相互に相関関係をもつ。得られた相関係数(略)を距離に代えクラスター分析をかけると、下図な機能的説明が得られた。母(主婦)は嫁入り道具の和洋タンスで周辺を固めて居場所をつくる。父親と子供は勉強道具を中心にして居場所をつくる。居場所と念を押したのは、これらは必ずしも個室ではない(個室を持つ父親は少ない)からである。


個人空間のパーソナリティー
 「主婦の座」の言い方が示すように、領域素(家具道具)は家族のパーソナリティーを表現し、またドアのカギ以上に持ち主の存在証明になることがある。はじめて机を買ってもらった子供の喜びようを思い起こしてもよい。家具は機能を超えて記号になるのである。とすれば記号化した家具が指し示す空間価値は何か。
 領域素相互の相関から空間価値の連想を得るために、領域素間の相関表係数をデータとする主成分分析を実行すると、下表の結果が得られた。第一主成分(横軸)は机本棚楽器と和タンスの置き場を隔てる価値観の対比を際立たせ、<あそび−生活>軸と読みとれる。生活臭の強いベッド(寝具)が学習家具と同じ位置にあるのは、ベッドが与えられたのは子供だけと言う1980年代当時の生活事情の所以である。第二主成分(たて軸)はタンス等収納家具とソファーを机サイドボードの対立軸であって、これは<表−奥>と読みとれる。ステレオとラジカセの立場の違いが表現されていて面白い。点線で囲って示したように、領域素はセット化されている。


 続いて、各領域の主要領域素をグルーピングして、家族成員のパーソナリティー(空間的個性)を描きだしてみよう。先に示した領域素出現率表の累積出現率が上位から数えて50パーセント以内のものを<主要領域素>と判断してグルーピングを行うと、以下の図の結果が得られた。7個のパーソナリティーは、オーバーラップ部分を含むものの矛盾なくパーソナリティーの違いを表現している。両親の(本当は妻の)寝室は嫁入り道具の置き場所として確保されている。子供達の個室も確保されている。祖母のへやは、いずれはリビングのエクステンションとなる和室が当てられている。問題は父親の居場所である。前述したように確保されたへやはなく、日曜日はソファーの上で、子供と共同所有のステレオを聴いて過ごす。

考察
 
30年前に全盛を誇った近郊住宅団地に科せられたユメをご覧いただいた。では今日の住宅はどうか。なぜ研究を続けないのか。(その1)の最初に述べたように、当時は家は<建てるもの>だから研究する意義があった。今日では家は買うものなので、同種の調査をやっても市場調査にしかならない。しかし共用空間の方は[LD・K]で勝負あったとして、個人空間の閉塞感は気にかかる。個室の羅列を取り払う方便は無いものか。展示会で見たOMソーラー住宅はヒントになった。ひとつの暖房空気を家族で分かち合わなければならないという理由があるためにまずワンルーム住宅が提示され、家族の成長にしたがって個室化が協議される。ところがソーラーハウスもいつのまにか電化ソーラーが主流、エアコンの分散が心配である。
 別ページのテーマ「縁側ソーラー/コンサバトリー」は、個人空間に風穴を空ける取っておきの一手、ぜひご覧ください。


引用文献

 住まいに潜む記号表現の研究については、次の拙著をご覧いただければ幸いです。
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